2010年05月06日
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面白ショートショート『エイハブコントロール』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 エイのハブ君は、海の王者でした。

 誰もがハブ君が通ると道を空けました。

 腕っ節も強く最強だったのです。

 しかし、ハブ君はそれでは満足しませんでした。

 ハブ君の理想は、船長でした。

 みんなが怖がって逃げ出すのではありません。

 みんなが尊敬してくれ、命令通りに動いてくれる立場に立ちたかったのです。

 そんなとき、海に漁船がやってきました。

 もちろん、漁船には船長がいました。

 ハブ君はそのとき考えました。

 これほど強い自分が船長になれるのは当然だが、そのための船や組織をいちいち作るのは面倒です。

 ならば既にある船を奪い、船長の座を奪ってしまうのがいちばん簡単です。

 そこで、ハブ君は船を襲撃しました。

 しかし、一致団結している船を相手に、ハブ君の味方は誰もいませんでした。みんな怖がって逃げてしまったからです。

 結局、ハブ君は敗北しましたが、一番下っ端の船員としてこき使われることになりました。

 エイのハブ君は「エイハブ」というあだ名で呼ばれるようになりました。

 「エイハブ、ここを掃除しておけ!」といった命令を下されても反抗できませんでした。

 更に、船長になりたかったという希望まで知られると、「エイハブ船長」と揶揄されて呼ばれるようになってしまいました。

 やがて、ハブ君はこの船がただの漁船ではなく、巨大海獣と戦うために航海していることを知りました。

 海の果てで、その巨大海獣は出現しました。

 ハブ君は、自分が海の王者ではあり得ないことをそのときに痛感しました。戦って勝てる相手ではありません。しかし、船は戦いを挑みました。

 次々と仲間が倒れても船長は諦めません。

 「どうしたエイハブ! こっちは砲台から手が離せない! 船のコントロールを確保しろ!」

 「えっ? 僕がですか? いちばん下っ端の僕が舵輪を握って良いのですか?」

 「復唱はどうした!」

 「はい! エイハブ・コントロール!」

 そして、その戦いの結末は誰も知りません。船長が海獣と差し違えたとか、ハブ君は故郷に戻ったとか、いろいろ噂はありますが、誰も真相を確認しに行った人はいませんでした。

(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)

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